『人となしし我が庭』、札幌で開催された、第32回日本産業衛生学会全国協議会に参加しました。
一番嬉しかったのは、唯一無二の親友にお寿司を奢ってもらったことです。高級寿司をごちそうになったのはもちろん最高なのですが、食事中の会話から、周術期臨床と睡眠医療に関して、学生時代の友と共同で研究ができそうな話題が生まれて、現在、展開中です。 圧倒的な落ちこぼれだった私たちに、こんな未来が来るなんて?!と感動しちゃったのでした。
学会の新知見として印象に残ったのは、このブログの最後にも出てくる「新規薬剤の非劣性評価」として、生産性の指標が用いられていたことです。新規薬剤が従来薬と比べて効果が劣らない(非劣性)なら、たとえば価格が安いとか、錠剤が飲みやすいとか、見た目がかわいいとか、薬効以外の利点によって、その新規薬剤には存在価値があります。 働き盛りの若者に突然発症し、生活習慣等で予防することはできず、企業の治療と就業の両立支援努力がますます期待される難病である炎症性腸疾患において、治療による生産性損失が従来薬より少なく、効果が非劣性の新規薬剤を評価する文脈の研究を知ることができました。 臨床医療の社会的意義を探る、まさに産業衛生学会で話題にするべき研究だと感心しました。 本学会の心陽の発表を紹介します。 メンタルヘルス対策のKPI①&②で話題にしたとおり、会社の業務として行う以上、産業保健や健康経営の施策等にKPIを設定することは好ましいと思います。
KPIの設定のために必要なことはGOALの明示、GOAL達成のために行う業務のパフォーマンスを中間評価するのがKPIですから、GOALが曖昧だと設定できません。
ストレスチェック制度のGOALは法令遵守だと考えています。
つまり、「いかに」実施するかではなく、実施するかしないか、実施したら満点で、しなかったら零点、「All or Nothing」だから話は簡単です。
少し横道にそれますが、医学的、生物学的に好ましい健康行動は、「Better than Nothing」がほとんどです。人の心理、身体、社会的な多様性に大きく左右され、連続的であり、唯一絶対解は存在しません。
全従業員にとって、詳細な健康行動を設定して、全員が画一的に同じことをするという目標は成立しにくいのが特徴です。 だからこそ、ユニバーサルな理想を設定し、睡眠や血圧など例外の少ないターゲットを選択し、ポピュレーションアプローチを行う戦略が妥当です。
さて、もとに戻ると「All or Nothing」のストレスチェックはやりさえすればいいので、KPIも「実施の有無」にすればよく、その集積の「受検率」にすることで話は完了です。でも、それってKPIっていうより、KGIだよね、と言われればそのとおりなので、GOALである受検率100%に導くようなKPIが求められます。
そこで、私は顧問先企業にKPIとして、「期間内にできるだけ早く受検すること」を定めました。冒頭で主張したとおり、GOALの評価においては、「いかに」実施するかは関係ありませんが、そのGOALの達成のために「いかに」受検するかをKPIに設定しても矛盾はしません。
このKPIの一番いいところは、GOALの達成が早まる可能性が高まることです。
あなたの勤務先では、期間内受検率が低いからと、ストレスチェック実施期間を延長していませんか?
つまり、「期間内受検率が低い」=「GOALの未達成」→「GOAL設定の変更」というコストがかかっています。
ストレスチェックは法定制度ですから業務時間内に実施します。できるだけ早くそれを終わらせてしまえば、生産性に大きく貢献します。
GOAL達成という成功体験を早く与えることで、より早く生産性の拡大も期待できます。
このKPIを達成するためのKFSとして当該企業では個人別、部門別回答完了スピードランキングを発表して、ゲーミフィケーションの要素を加えています。 ちょうど今年もストレスチェックがはじまるタイミングです。先日、インフルエンザワクチン接種でお邪魔したところ、「今年は一位を目指しますよ」と不敵な笑みを浮かべる従業員もいました。
業務支援としてのKPI設定とはいえ、受検を急かしたことが従業員の心理的苦痛を高めてはいかんと心配して、「受検を急かしても結果に影響しない」ということを示したのが今回の発表です。
微妙なのは、受検を急かしても、そんなに全体の受検時間は減っていないということです(笑)
とはいえ、GOALは受検時間の短縮ではなく受検率100%なので、気にしません。 実は、GOALの受検率100%も2016年の初回実施から連続達成しているので、KPIの貢献度は不明です。
座長の先生からいただいた質問と回答はこちらです。
Q:ご発表の中で、ストレスチェックにKPIという考えを取り入れているという点で、興味深かったです。一つお伺いしたいことがあります。本研究では、回答時間をKPIとして高ストレス率との関連を検討していますが、結果的に関連は認められていないということは、ストレスチェックを実施する上で、推奨される回答時間を提示することによって、ストレスチェックの結果が歪められていることはないのだ、という理解をしてよいのでしょうか。回答時間の制限に関することで大変興味深かったので、よろしくお願いします。
A:ご質問、まことにありがとうございます。
短期間受検は生産性の観点から妥当性があり、目指しやすい簡単なKPIだと考えます。とはいえ、その設定がストレスチェック制度の本来の目的を邪魔しては本末転倒なので、本研究では、新薬の従来薬に対する非劣性試験を模してみました。
KPIなしとKPIありの間に有意差が認められないこと (not significant) をもって同等とみなす、通称「NS同等」には課題が多く、現在は新規薬剤の臨床試験では、実対照薬よりも劣る幅として臨床的に許容される最大のレベルとして非劣性マージンを定めて、被験薬の実対照薬(従来薬)に対する非劣性をハザード比の信頼区間で評価するのが一般的です。
その点でNS同等による非劣性の評価は、本研究の学術的な限界です。
とはいえ、そもそもストレスチェック制度が治療薬ほど厳密なものではないので、企業に対してKPIを提案する際には、簡単に科学的な検証を行ったと説明しました。反対に、NS同等が得られないという結果だった場合は、今後はKPIとしての提案を見送るつもりでした。
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