寝るのが楽しくなる
睡眠のひみつ
The Magic of Sleep
近所に文光堂書店という、高校生の頃からだから、もう30年以上のおつきあいになる、医学書メインの書店があって、最近は、おおさわでランチを食べたあとで寄ることが多いです。
先日、いつものように文光堂書店に寄ったら、こんなにかわいい絵本があったので、スリープクリニックの待合室にピッタリだと連れて帰りました。
猫の「ミミ」がガイド役として、眠りについて、美しい絵とともに、眠りについて教えてくれます。
内容は、けっこう本格的で、勉強になります。
美しい見た目と本格的な内容といえば「ポケモンスリープ」もオススメです。
私はいつもREM睡眠を、アイデアを出したり、まだ誰もやっていないようなすごいことをイメージトレーニングしたり、創造的な仕事に利用するよう、指導しています。だから、睡眠の後半にベッドでゴロゴロすればいい、って。
よい例として、ポール・マッカートニーが「Yesterday」を夢の中でひらめいたエピソードや、体操の内村航平選手が世界最初の技を成功させるエピソードを話すのですが、この絵本は、ラリー・ペイジがGoogleのためのアイデアを思いついたというエピソードを紹介しています。
また、科学的には歴史の浅い睡眠研究ですが、睡眠という生命活動は昔むかしからあるわけで、 「いろいろな文化や宗教が、大むかしから眠りについて考えて」きた、さまざまな逸話を紹介しています。
私は科学的な検証から睡眠を捉えてきたので、ある意味、非科学的な、逸話的な睡眠にまつわる「ひみつ」は非常におもしろかったです。
ちょうど昨日、かかりつけ薬局さんの勉強会で、睡眠についてお話した最初に、睡眠はどちらかというと1人で、社会と隔絶されてかくれて行う原始的な生命活動で、排泄同様、文化や社会の影響を受けにくいと考えるかもしれないけれど、公衆衛生的な視点も面白いんですよ、というお話をしました。
古代ギリシアの医師、「クロトンのアルクマイオン」は、血液が体の表面から内部に勝手に集まってしまうから眠くなるのだと考え、反対に19世紀の医師たちは、眠くなるのは脳に血液が集まりすぎるからだと考えたようです。
ちなみに、血液は心・血管内にあり、循環していて、どこかに集まって停滞することはないと、21世紀の医師である私は知っています。
血液ではないのですが、覚醒から睡眠に移行するとき、深部温(脳の体温)はどんどん下がっていきます。
眠くなるとき、眠るときは、深部温がどんどん下がるので、そのために手のひらや足の裏などの抹消から、熱を放散します。眠くなった赤ちゃんや子供の手足や体が熱くなるのを、皆さん、ご存じですよね。
私たち大人の手足も、眠いときは同じように熱くなっているんです。
熱を運ぶのは血液なので、眠るときは、血液が脳から抹消に逃げていく、とは言えるかもしれません。
健康な私たちの血流や体液は、姿勢や睡眠にはあまり影響を受けませんが、心不全や末期腎不全等の容量負荷を背景とする疾患では,臥位になることで,下半身から上半身に水分が移動する「体液移動(fluid shift)」という現象が生じて、それが咽頭部の狭小化につながって、睡眠時の呼吸障害の原因になることがわかっています。
頭寒足熱という先人の知恵がありますが、脳は冷やせば冷やすほどよい睡眠が取れて、健康につながります。脳の電気活動は、深部温が下がると弱まることがわかっています。だったら、頭に血が上って熱くなっている方が、キレッキレに賢くなるように思えるかもしれませんが、その反対です。
温度が上がると不必要な電気活動まで活発になり、効率的な電気活動ができなくなります。 今の時期、炎天下の屋外に立っているだけでも頭はぼんやりするし、熱中症では意識がなくなることもあります。風邪などで高熱が出た場合も、頭がぼおっとして、何も考えられなくなりますよね。
頭は冷やして、動かすべき部分だけを少数精鋭で動かす方が、良いアイデアが湧きます。
温度が上がるほど脳が活動して賢くなるんじゃなくて、一定の温度以上に脳の温度が上がってしまうと、電気器具の熱暴走のような状態になって、いわば、ショートしてしまいます。 今年の7月は例年にない猛暑だったそうですが、スマホのバッテリーが熱で膨らむスマホの熱中症も多くて、修理会社では昨年の倍以上の修理依頼があるそうです。
雪山で遭難した人が仮死状態で救助されて救命されたなんていうニュースを聞くことがありますが、これも深部温が下がり、脳の酸素需要量が減り、脳の代謝が抑えられることで、脳の保護につながった結果です。
これを応用し、たとえば弓部大動脈置換の手術では、保冷剤や輸液で頭頸部を冷やす低体温療法で深部温を下げ、脳の酸素需要量を減らし、脳の代謝を抑えて循環停止中の脳を保護します。
脳の電気活動といえば、NREM睡眠中は脳の電気活動が減弱していることがわかっています。
NREM睡眠の深さは、脳の電気活動がどれくらい減弱しているか、で定義されています。
一方、NREM睡眠、特に深いNREM睡眠が記憶や学習に大いに貢献することがわかっているので、ますます脳の電気活動って、激しいから賢いってわけじゃないって言えそうですね。
ほら、仕事ができる人って、涼しい顔して冷静に難しいことをこなしているイメージですよね。
反対に、できない人のほうがカリカリ頭に血が上って、熱くなって、いらんこと考えて、パニクって、熱暴走しているような・・・
ところで、この、脳の電気活動を可視化するのが脳波ですが、人間の脳波の記録は1929年のハンス・ヘルガー医師の論文で世間に初登場します。20世紀の医師ですね、けっこう最近です。
脳波の登場で、睡眠中に脳の電気活動が減弱していることが発見されて、これまでよくわからなかった睡眠という現象は、脳の電気活動の減弱だったのだ!ってことで一件落着しそうになりましたが、その喜びもつかの間、1950年にはREM睡眠が発見されて、脳の活動が覚醒中より激しい睡眠もあるってことがわかりました。
結局、脳波にはNREM睡眠の脳波とそれ以外(REM睡眠または覚醒)があり、REM睡眠と覚醒は筋電図や目の動きで区別しますが、脳波による睡眠測定が現在のテッパンですし、21世紀の日本のアカデミアでは、睡眠をコントロールしているのは脳であると考えられています。近年、日本の睡眠脳科学研究はかなりいい線をいってるので、国を上げて期待しているんでしょう。
私は脳ではなく、自律神経が睡眠を司っていると考えているので、むしろ21世紀の医師よりも紀元前450年に循環で睡眠を捉えようとした「クロトンのアルクマイオン」のほうが、発想が近いなと思います。 そう考えて最近では、依存性や耐性があり、認知機能を低下させる睡眠薬ではなく、βブロッカーやα2アゴニストを試していますが、これが不眠症に非常によく効きます。
絵本の後半、「自然の生き物の眠り」では、人間以外の生き物の眠りが紹介されます。
一番可愛い寝姿は「ラッコ」と言い切ってます(笑)
2017年、クラゲの睡眠(Sleep-like state)が科学的に確かめられたのですが、クラゲには脳がありません。つまり、脳がなくても睡眠はできる、ということは、脳が単独で睡眠をコントロールしているという仮説は、ゆらぎつつあるんじゃないか、と私は思ってます。
同じ2017年には、ジェフリー・ホール、マイケル・ロスバッシュ、マイケル・ヤングが、1984年に体内時計を制御する遺伝子を発見した功績で、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。このときの対象はハエです。 この分野、生物が本能的に持っている日内リズムである体内時計の分野の研究は、もともと植物の生態からヒントを得ています。植物ですから、脳がないどころか、動物ですらないです。
絵本の中では、ラン、ヨルガオ、ハイビスカス、クロッカス、トケイソウ、シャコバサボテン、ゴールデンポトスなどが紹介されています。
イネの遺伝子のうち、約3割の発現が、体内時計に制御されているという研究もあります。
睡眠中は、脳がおとなしくなるのだから、睡眠を操作しているのは、やはり脳ではない、特別な何か、なのではないでしょうか。
クリニックの待合室には、ほかにも何冊かの絵本があります。
オススメはパンダのヒミツがあきらかになる、「パンダ銭湯」です。
ぜひ、遊びにいらしてください。
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