【レム睡眠の発見】 あらゆる生命体が睡眠という生命活動を獲得した経緯は謎に包まれたままですが、進化の源流にある下等な生物にも睡眠行動が確認されていることから、人類はその起源には、睡眠という生命活動を備えていたことが明らかです。 その長い人類の睡眠の歴史の中で、現在では一般的な用語である「レム睡眠」が発見されたのは、1953年、わずか70年前のことです。 睡眠中は、眠ってから目覚めるまで、連続して目を閉じていて、横になっていて、あまり動かないという同じような状態なので、ぱっと見は、どの睡眠なのかはわかりません。ところが、よくよく観察していると、閉じられたまぶたの奥で、眼球が小刻みに動いている時間とそうでない時間があるのに気づいたことが、レム:REM(Rapid Eye Movement)睡眠発見のきっかけでした。 このエポックメイキングな一歩の立役者が、スタンフォード大学のウィリアム・C・デメント教授、知る人ぞ知る睡眠科学の生みの親です。 デメント教授は1960年代に初めて睡眠を脳波で評価し、1970年代には医学部に講座を立ち上げ、学会を組織し、精力的な学術研究と社会活動で次々と常識を打ち破り続けて、2020年6月、惜しまれながら、この世をさりました。
睡眠という生命活動には長い歴史がある一方で、睡眠科学は育ち盛りの若い学問で、現在も日進月歩で新しい発見が後を絶たない、エキサイティングな領域なのです。
【レム睡眠は最も浅い睡眠?!】
「レム睡眠は最も浅い睡眠」という表現は、ポピュラーサイエンス的な誤解を招くと危惧しています。だから、「科学的には、『レム睡眠は最も浅い睡眠』ではない」、と言い切ったほうがわかりやすいと、私は考えています。 ノンレム睡眠には深さという尺度がありますが、レム睡眠とノンレム睡眠の違いは深さではなく、その性質の違いです。
レム睡眠の特徴
【脳】活発に活動している(夢、思考の整理、記憶の定着、目覚めやすくはない)
【筋肉】弛緩している(体の休息)
【その他】脳の発達、精神的な安定(成長に重要)
【発現】睡眠の後半ほど、多く、長い(夜眠って、朝起きるのなら、朝方に優位になる)
ノンレム睡眠の特徴
【脳】深さに応じて、ノンレム睡眠と異なる活動をするが、活発ではない(脳の休息)
【筋肉】完全には弛緩していない(寝返りによる疲労回復)
【その他】成長ホルモン分泌(体内組成の修復)、免疫機能向上、骨格形成、脂肪分解など代謝調節
【発現】睡眠の前半に深いノンレム睡眠が現れ、だんだん浅くなる
脳の活動量に注目すると、ノンレム睡眠よりレム睡眠のときにあきらかに活発で、浅いノンレム睡眠では深いノンレム睡眠より脳が活動しているので、まじめな研究者たちは「ノンレム睡眠が最も浅いという表現は間違いとは言えない」と説明することが多いですが、これも一種の情報の非対称性、きっぱり「ちがいます」って言ってくれたほうが、多くの人には腹落ちします。
レム睡眠は、ノンレム睡眠より目覚めやすいわけではありません。いつでもレム睡眠を経て目覚めるのなら、最も覚醒に近いという意味で、最も浅い睡眠と言えるでしょうが、直前の夢を覚えている場合や、無理に起こされるのではなくスッキリ目覚める直前は、レム睡眠の可能性が高いものの、目覚ましで起こされて朦朧とする場合は、ノンレム睡眠からの寝起きなのです。
レム睡眠とノンレム睡眠は、その性質が明らかに異なる別の睡眠状態なので、浅い深いで区別せず、レムとノンレムで区別するのが、わかりやすいでしょう。
【ノンレム睡眠には深さの段階がある】
ノンレム睡眠の深さには以下のような段階があります。深くなるほど、脳波上、ゆっくり大きな波形(徐波)が観察されます。つまり睡眠の深さは、脳波で他覚的に計測できます。これを発見したのもデメント教授です。
小さな音で目覚めてしまう浅い眠り(N1)
軽い寝息を立てる程度の浅い眠り(N2)
声や物音がなっても目覚めない深い眠り(N3)
【ウルトラディアンリズム】
デメント教授は次に、レム睡眠、N1、N2、N3を90~120分のサイクルで、少しずつ変形しながら、交互に繰り返す周期性を見つけました。この「ウルトラディアンリズム」は、人類が体内に持っているリズムで、このリズムが不安定になると睡眠の質が低下し、健康状態に悪影響を及ぼします。一度の睡眠中、必要な生命活動の完了には少なくとも4サイクルが必要で、そのためには6時間はかかります。
標準的なウルトラディアンリズムでは、覚醒状態から浅いノンレム睡眠を経て、最も深い睡眠である、N3に到達します。N3を経て、段階的にノンレム睡眠が浅くなり、レム睡眠に至るまでが、睡眠中の最初のサイクルです。このN3が、睡眠中で最も長いN3であり、眠気や疲労などが一気に回復し、睡眠開始の合図となる、「黄金の90分」です。
最初のN3で、脳下垂体から「成長ホルモン」が分泌されます。成長ホルモンは発達期に骨格形成を促し、身長を伸ばすだけでなく、生涯、疲労を回復し、ストレスを解消し、ホルモンバランスの調整をするアンチエイジングホルモンです。脳や身体の疲労を回復し、あらゆる細胞を修復します。N3の発現は、就寝前のアルコール摂取や睡眠薬の服用、心理的な緊張などに影響を受けます。
次のサイクルからは、レム睡眠とノンレム睡眠が交互に現れ、ノンレム睡眠は徐々に浅く短く、レム睡眠は徐々に長くなり、全体として2割がレム睡眠、8割がノンレム睡眠に充てられます。
睡眠リテラシー第3回の前に、ボケたくないなら眠りなさい④として、本日、とりあげた睡眠の種類によって、我々の認知がどう進んでいくかを解説したいと思います。
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