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石田陽子 Yoko Ishida

【肝機能異常】 健康診断異常所見シリーズ(2)

健康診断異常所見シリーズ第一弾【心電図異常】に続いて、本日は肝機能異常です。



健診を受けた方の3人に1人は肝機能異常を指摘されます。

心電図異常と並んで、事後の行動変容が難しい所見の一つですよね。


血圧や脂質などは、値が高ければ高いほど心筋梗塞などの心血管イベントのリスクが高くなることがわかっていますので、ともかく値を下げればリスクが下がりますが、肝機能障害は将来のどういうリスクとリンクしていて、そのリスクを回避するために何をするべきなのでしょうか。


心電図異常はまだ、心臓専門、循環器内科、ハートクリニックなどを思い浮かべられますが、「肝臓」の専門診療科はぴんと来ないかもしれません。巷のクリニックの看板に「肝臓科」を見る機会はあまりありませんよね。

肝臓の専門性が高いのは、肝胆膵外科、消化器内科などですが、最近は「肝機能×クリニック」などで、専門性が高く、受診しやすい医療機関を見つけることができます。

せっかく受診したのに、「この程度で受診することはないのに…」などと言われてがっかりしたくないので、受診するなら、専門性の高い医療機関がオススメです。

とはいえ、肝機能が基準値の範囲外だったからといって、すぐに専門医を受診するのは、トゥーマッチかな、とも思います。

疲れやすい、黄疸がある、肝炎ウイルスのキャリアである、家族歴があるなどの場合は、専門医受診を検討してください。

診療科問わず、かかりつけ医がある場合は、ファーストチョイスで相談してください。所見がなくても、かかりつけ医には、いろんなPHRを見せたほうが、お得です。


労働安全衛生法の法定健診では、従業員の肝機能をチェックするため、血液検査で、GOT、GPT、γ-GTPを測定することが定められています。法定健診については、こちらをご覧ください。


現在、GOTグルタミン酸オキサロ酢酸トランスアミナーゼ)はAST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)、GPT(グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ)はALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)と呼びますが、日本ではGOT・GPTが長く慣用されていたため、アップデートの苦手なベテラン医師にもわかりやすいようにか、AST(GOT)・ALT(GPT)と表記されることが多いです。


なにかが変わったわけではなくて、もともと国際的にAST、ALTが一般的でしたから標準化しました。エピネフリンとアドレナリンと同様、同じ物質を指しています。

項目表示名が変わっても、単位も基準値も変わらないので、単純な数値で経年比較できます。ご安心ください。


一方、名称はそのままでも測定方法や基本単位の変更などにより、基準値が変わることもあるので、気を付けてください。

たとえば、HbA1Cは2012年に日本独自のJDS値表記から、国際的に広く使われているNGSP値表記になり、値が0.3~0.4ほど上がりました。


健康診断結果は、基準値からの逸脱以上に、自分の経年比較が大事です。

自分の健診結果には、個性として、どのような傾向があるのか、一度しっかり、私のような専門家にコンサルしてもらうのをお勧めします。

基準値内に入っているのが健康の証ではなく、自分の平常値から逸脱しているときに注意が必要です。健診機関の基準値上下限ギリギリで安定していた場合、かなり値が上下していても自動のアラートが出ないので見過ごすリスクがあります。

そういうわけで、せっかくの健診結果は、毎年、かかりつけ医にチェックしてもらいましょう。

繰り返しますが、毎年の健診をチェックするのもかかりつけ医の標準機能のひとつです。


肝細胞は肝実質の70~80%を占め、肝にしかありません。いわゆる肝機能は、すべて肝細胞の仕事と言えます。





AST・ALTは肝酵素と総称され、肝細胞で生成されます。そのため、肝細胞が何かの理由で壊れると、中からASTやALTがこぼれだしてくるので、血中のAST・ALT濃度が高くなります。

そもそも肝の仕事は循環血液の関門で、主に摂食によって血液中に吸収された物質をチェックして、エネルギーとしてそのまま使えるものは貯蓄し、そのまま使えないものは解毒したり、加工したりして使えるように加工することで、代謝、解毒、分解、合成などです。

薬剤の効果を測る際、肝で最初に受ける代謝の結果をFirst Pass Effect(初回通過効果)と言い、どんな物質も体内に入ったら、肝の洗礼を受けます。だから怪しいサプリメントは、肝障害の原因になります。

当然、吸収されるものの質や量が変化すると仕事が増えるので、そのたびに過労死する肝細胞は増え、その殉職のおかげで、我々が暴飲暴食しても元気に生活できます。

肝細胞が壊れるのは、肝細胞がしっかり働いてくれている証でもあるので、必ずしも、急いで治療が必要な病気というわけではありません。


とはいえ、なんらかの理由で、肝機能が破綻し、循環血液の関門としての機能を果たせなくなれば、体中を解毒されていない、エネルギーとしても使えない物質が循環することになり、全身の健康が脅かされることは明白です。そうなる前には、肝細胞の異常な過労死環境を止めなければなりません。


ALTはほとんど肝細胞にしか見られませんが、ASTは骨格筋や心筋、赤血球に含まれるので、筋トレや溶血でもAST値は上昇します。

ASTとALTが同程度に高値になっている場合、炎症の現場は肝だと推定できます。ASTだけが高値の場合は肝の炎症ではありませんが、心筋梗塞など恐ろしい疾病による場合もありますので、ご注意ください。

AST・ALTはどちらも35以下を標準とする場合が多いですが、劇症肝炎のような急性で激しい肝障害の場合には1000を超えることもあります。また、肝障害が長く続いて、壊れる肝細胞すらなくなると、数値は下がっていきます。

一時的な100未満の異常値で、将来的に肝機能が果たせなくなるリスクは高くありませんし、薬物など、原因が明白なら、その原因の除去ですぐに改善します。

死んでしまった肝細胞は生き返りませんが、新しい肝細胞が生まれてきて役割を果たします。

余談ですが、肝は非常に再生能力が高くて、90%くらいを切り取ってしまっても、数ヶ月で元の大きさに戻ります。

ただし、線維化してしまった肝実質がもとに戻ることはありません。


γ-GTP(ガンマ・グルタミルトランスペプチダーゼ)は、アルコールとの関係が強いと言われますが、大酒飲みで低い人も、下戸なのに高い人もいます。肝内だけでなく胆道系にも存在している点が、AST・ALTと異なります。γ-GTPのみ高くて、AST・ALTが低いときは胆道系疾患を疑い、γ-GTPが異常高値でAST・ALTが高いときはアルコール性肝障害を疑うと言えなくもありませんが、単体で診断に用いるような指標ではありません。どうして法定健診項目なのか、業務関連性疾病の何を知りたいのか、私にもわかりません。


産業医は肝機能異常を、AST・ALT・γ-GTPで推定するしかありませんが、麻酔科医なら肝機能をアルブミン値や血小板数、凝固能などで評価します。


特に簡単で肝機能評価に優れている指標が、FIB-4 Index です。


FIB-4 = (年齢×AST (IU/L))/ (血小板数 (1万/L) ×√ALT (IU/L))



残念ながら、血小板数は法定健診項目ではありませんが、法定健診項目のヘモグロビン値や赤血球数と同時に測定しているので、オプションとして選べる場合は、チェックするようにしましょう。

白血球数も同様です。

アルブミン値も法定健診項目には含まれていません。


肝炎ウイルスのキャリアや家族歴などがあって肝機能が気になる場合は、かかりつけ医に話してときどきチェックしたり、オプションで選択したりしてください。腹部エコーや腹部CTも肝実質の評価には有用です。



昨年、業界にとっては衝撃的な内容の「奈良宣言」が発表されました。


その内容は、「ALT30超えたら、かかりつけ医受診」というものです。


かかりつけ医に、結果にかかわりなく健診結果を見せることを推奨している私の主張と同じといえば同じなのですが、この推奨にリアリティがないのは、法定健診を受ける多くの労働者がかかりつけ医を持っていないということです。


「健診後要受診」というのは本来、健診結果の範囲内では、放置すると危険なので、専門医を受診して精査加療されたし、ということだと多くの従業員が理解されていると思いますが、この、「かかりつけ医」受診が味噌でして、言うなれば、「専門医を受診するほどのこともない」、もっと言えば、「専門医受診までに、かかりつけ医でワンクッション置いてちょーだいよ」的な推奨なのです。


ところが、普段からかかりつけ医がいない従業員が多いため、かかりつけ医の部分はあいまいになり、現場は困っています。AST30超えだと、3分の1以上の従業員が要受診になっちゃいます・・・


医師法第一章第一条には、「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。」とあります。


冒頭に「肝機能異常、何科に行ったらいいの?」という、よくある疑問に触れましたが、国民全員、何科に行ってもいいんですよ、というのが医療制度の前提です。


何科に行っても、そこで診察した「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保」しなきゃいけないことが、法令で定められています。そうしなかったら法令違反なんです。


とはいえ、この大前提が非医師どころか医師に理解されていない現状で、この奈良宣言は、一種の暴挙でした・・・・・・肝機能異常、ALT高値が、致命的、あるいは治療の必要な肝の硬化を示唆している場合があります。しかし、単純に健全な肝機能が、その役割を果たしてくれているだけの場合もあります。


その点で、もう少し現実的に参考になるのが、同じく昨年公表された米国肝臓病学会のNAFLDプラクティスガイダンスです。


一昔前、肝炎といえば感染症で、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス等のキャリアが心配すればいいというものでした。極端な大酒飲みのアルコール性肝炎がそれに次いでいて、感染の既往やかなり特殊な生活習慣などで深刻度が測れるところがありました。

しかし、そのようなリテラシーが進み、医原性の感染が予防された現在、主流になっているのは非感染性、非アルコール性で、いわゆる「メタボ」から、脂肪肝を経由して深刻な肝疾患に進行するというパターンです。

非アルコール性脂肪性肝疾患(Nonalchoholic Fatty Liver Disease:NAFLD)と総称されますが、「Fatty Liver:脂肪肝」がスティグマであるという研究もあり、現在は、「Metabolic Dysfunction-Associated Steatotic Liver Disease(MASLD)」という表現も推奨されています。


NAFLDの患者は国内で約2200万人で、ちょうど治療が必要だけど治療できていない睡眠時無呼吸症候群患者と同程度ですが、NAFLDの場合は、全員に治療が必要というわけではありません。

しかし、その一部は炎症を伴う非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)を経て、肝繊維化、肝硬変、肝細胞癌(HCC)に至ります。肝機能障害はピンとこなくても、肝硬変、肝細胞癌となると、かなり深刻度が増すのはわかりますよね。


それでは、その一部かどうかがどうやってわかるのか、それを知りたいですよね。


腹水、脳症、肝発癌、静脈瘤破裂等の肝疾患関連イベント(Liver Related event:LRE)発症の寄与因子として、高度肝繊維化、2型糖尿病合併、内分泌疾患、PNPLA遺伝子多型CGホモ、加齢(閉経)などが確立してきています。


上記のプラクティスガイダンスのファーストステップはFIB-4で、FIB-4が1.3を超える場合には、フィブロスキャン、MRエラストグラフィ、肝繊維化マーカー(ELFテスト、Ⅳ型コラーゲン、7S)などにより、繊維化の評価が推奨されます。


結果、奈良宣言の通り、ALTが30を超える場合は、まず「かかりつけ医」でAST、ALT、血小板を測定し、FIB-4を算出、その結果、FIB-4が1.3以下であれば、翌年の健康診断までは何もしないでいいが、1.3を超えていた場合は肝臓専門医を受診してください、ということです。


FIB-4が1.3未満であれば、5年間はLREが起きないと考えられますが、法定健診結果が出るごとにALT高値の場合は、FIB4を算出してください。だからこそ、法定健診のタイミングで血小板も見ちゃうというのが、一番オススメです。どうせ測ってるんだから教えてくれればいいだけなんですけどね。

多くの健診機関では血小板数も出してくれていますので、あらためて健診結果を確認してみてください。

もちろん、当院では血小板数の測定ができます。

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