①睡眠時無呼吸症候群(SAS;Sleep Apnea Syndrome)のこと
【なぜSASを治療するのか】 健康な睡眠に対して、診療の対象となる睡眠障害のうち、最も頻度の高い疾病がSASです。 SASとは文字通り、眠っている間の呼吸が止まってしまう病気ですが、睡眠中の問題なので、自覚症状がないことが多いです。 SASを放置すると確実に、生物として致命的な2つの実害が進行します。
低酸素状態 酸素が不足し、二酸化炭素が過剰になり、循環器系に大きな負担がかかり続けることによる健康障害です。心血管(循環器)は、血圧、脈拍、血糖値や血中脂質などによって常にダメージを受けていて、もともとの血管の脆弱性が蓄積したダメージに耐えられなくなると破綻し、心臓発作や脳卒中などの心血管イベントが発生します。 本来は血圧や脈拍が下がるはずの睡眠中、呼吸障害による酸素欠乏に血圧と脈拍を上げて対応する結果、睡眠中に血管にかかるストレスが心血管イベントのリスクを高めます。また、夜間の心血管ストレスを減らすため、心房からナトリウム利尿ペプチドというホルモンが分泌されることが、尿意で中途覚醒する原因です。
睡眠負債 疲労を回復し、記憶を定着し、認知機能を向上安定させる睡眠が不足し続けることによる認知機能低下を中心とする健康障害で、翌日の生産性低下に直結します。
ガス交換(酸素をとりこみ、二酸化炭素を排出すること)と睡眠は人間の最も本質的な生命活動です。ガス交換と睡眠をスキップして生命活動を維持することは不可能です。SASの放置で犠牲にするこの2つの生命活動の重要性を考えれば、SAS治療で寿命が10年延伸する事実にも納得がいくでしょう。
【SASの治療を強調する大きな理由】
治療によってSASによるリスクをゼロに近づけられ、副作用が少ないからです。リスクの明らかな疾患や病態は無数にありますが、発見したからといって解決できない疾患が少なくないのは、医師のジレンマです。 しかし、あらゆるリスクに直結し、他の多様なリスク要因を増大させるSASは簡単に治療可能で、全員に健康な人生を約束してくれるのだから、医師としてもやりがいがあります。 SASの治療を開始すると、多くの人々の表情が明るくなり、確実に若返ります。日中の眠気を自覚している人はむしろまれですが、熟睡してみてはじめて日中の処理能力の向上をまざまざと自覚するようです。減量や禁煙のきっかけにする方、難治性の生活習慣病か解決する方も多く、他の多くの健康リスクから卒業できます。 【SASの原因】
気道を取り囲む構造のうち、外周を形成する骨格に対して、舌などの軟部組織による内側の構造のボリュームが大きいことが原因です。睡眠時は横になるので、重力の影響でさらに気道が狭まります。肥満があると舌や頬の内側にも脂肪がつくため、SASの悪化の原因になります。また、ループゲインという呼吸生理上の特徴もSASの増悪因子です。他の多くの生活習慣病と同様、単一ではなく複合的な病因といえます。特にアジア人は、顔が扁平で顎が小さく歯列が不整なので、他の人種に比べて罹患リスクが高いです。
【SASのリスク因子】
SASの罹患リスクには、人種、肥満、ループゲインの他、高血圧、いびきなどが関連しますが、症候群という病名とは裏腹に、自覚症状が少ないのも特徴の一つです。睡眠中のいびきや無呼吸は、ベッドパートナーがいないと指摘されませんし、倦怠感や疲れやすさ、日中の眠気には慣れてしまいます。
【SASの診断】 確定診断にはAHI(Apnea Hypopnea Index:無呼吸低呼吸指数)の数値が必要です。AHIは、一晩の睡眠中の無呼吸・低呼吸イベントの発生回数を睡眠時間で割った、1時間あたりの平均値です。一般的な呼吸数は1時間で7~800回くらいです。
AHIを算出するための検査は、入院して呼吸と睡眠の状態の両方をモニタリングできる「終夜睡眠ポリグラフィー検査(PSG;Polysomnography)」と「自宅で行う検査(HSAT:Home Sleep Apnea Test)」があります。睡眠は脳波で定義されるので、PSGでは、前額部に複数の電極を貼って計測します。その他、体位、目の動き、筋緊張、胸部や腹部の動き、施設によっては心電図などを測定します。HSATでは、呼吸の状態と酸素飽和度、いびきを測定します。一般的に呼吸は鼻につけた気流計で測ります。 【SASの治療】 SASの治療には、保険適用、自費診療、医療機関を介さずにちょっとした工夫でできることなど、たくさんの手段があります。検査の結果、「SASだけど治療手段はない」とか、「SASだけど手術しかない」とか、「SASだけど治療しないでいい」とか告げられた方が多いことに驚きますが、治療方法はあり、誰でも必ずSASによるリスクが低減できます。ほとんどの睡眠薬はリスクを増大します。 SASの治療には、OA(Oral Appliance、口腔内装置、マウスピース)療法、CPAP(Continuous Positive Airway Pressure、持続陽圧呼吸)療法、体位療法などがあります。どれも対症療法で、治療中は睡眠中の無呼吸低呼吸イベントの発生を抑え、SASによるリスクを低減しますが、治療をやめると元に戻ります。 とはいえ、どの生活習慣病治療も、継続によって大きな健康障害のリスクを下げるという戦略で、その効果はしっかりと科学的に認められています。また、どれも物理的な治療なので、化学的な内服治療より副作用が少ないのも特徴です。 原因が骨格構造と軟部組織のアンバランスなので、根治するためには外科手術が必要ですが、必ずしも単一原因ではないので、手術の効果が不十分で、結果に満足がいかないことが多いです。手術そのもののリスクを考えると、あまりお勧めできません。 減量は軟部組織のボリュームダウンにつながるほか、SAS以外の症状軽減や健康増進に役立ちますし、多くの場合、AHIが低下しますが、治療が不要になるとは限りません。減量はお勧めですが、なかなか難しく、一朝一夕には結果が出ないので、減量目標達成までのリスクを低減するためにも、別の治療と同時に行いましょう。 最も簡単なのは、重力を味方につける体位療法です。多くの場合、仰向け(仰臥位)より横向き(側臥位)、うつぶせ(仰臥位)のAHIが小さいです。仰向けに寝るのが正しいと信じている方が意外にも多いのですが、少なくともSASにとっては、横向きやうつ伏せが有利です。
②歯科医科連携のこと
OA療法のOAは歯科が作成します。OA治療の効果は,患者の年齢や体重,生活環境により経時的に変化するものであり,治療継続の判断は定期的な医科での睡眠時呼吸状態の検査・診断と合併症の程度の比較が必要で,OA治療を継続には、歯科と医科の連携が不可欠です。
またこれまでは、医科で検査・診断を受けてから歯科にOA作成が依頼され,出来上がったOAを着けて再び医科で評価する流れが主流でした。しかし、歯科からの依頼を受けて、医科が検査・診断するいうことも増えていて、患者さんからしたら、こちらもSAS治療への自然な導入だと言えます。それは、SASの原因に、気道を取り囲む構造のうち、外周を形成する骨格に対して、舌などの軟部組織による内側の構造のボリュームが大きいことや、顔が扁平で顎が小さく歯列が不整なことなどがあり、歯科が毎日診ている口腔に関連する事だからです。
アメリカ歯科医師会では、自分の患者に肥満や顎後退がある場合は歯科でスクリーニングを行うことを奨励していて、SASが疑われる結果が出たら適切な治療を行うための医科につなぐとしています。それほど、歯科からのアプローチは重要と考えられているということです。
現在日本国内の睡眠時無呼吸症候群の潜在患者数は約1,000万人と言われていますが、そのうち治療しているのは70万人程度です。保険診療による医科治療はAHI20以上に限られている一方、歯科治療はAHI5から適応されます。歯科治療によって、医科治療と同様に心筋梗塞発症リスクや死亡リスク、睡眠負債によるリスクが低減されることが確かめられています。睡眠に関する日本国内の経済損失は15兆円と試算され、大きな社会課題になっています。
患者にとって訪れやすく、話しやすい、歯科が積極的に参加しやすい場を設け、歯科の大きな潜在力を発揮してもらうことは、まだ治療にアクセスできていない1000万人近い国民に治療の機会を与え、社会課題を解決すると期待します。
株式会社心陽は、睡眠時無呼吸症候群という社会問題解決のために、歯科と医科の連携を進めていきます。
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