睡眠のプロを自称する私でも、ときどきうまく眠れない夜があります。昨日は、今年一番の睡眠失敗の夜だったんじゃないかなと思います。
受診する患者は皆、不調の原因が知りたいと主張しますが、眠れないときにも、何が悪かったのか、という思考になりやすいものです。
もしかしたらこれは人間の特徴というより、日本人の特徴かもしれません。
というのも日本の企業人ほど、従業員が会社にいつかない(離職率が高い)ときに、なぜ辞めるのかを取りざたしたがり、その辞める理由を取り去るのが、離職率を下げる解決策だと考えがちだからです。
私は、辞める理由がいくつあっても、辞めない理由がひとつでもあれば辞めないはずだから、たったひとつの辞めない理由をつくるのが、辞められたくない会社の打つ最善策だと思っています。
同様に不調の原因ではなく結果に、昨夜の不眠の原因ではなく翌日の睡眠への期待こそに、注目すべきでしょう。
とはいうものの、私も典型的日本人の例に漏れず、昨日の眠れない夜、何分間かは、なぜ眠れないかを思い悩みました。
昨日は、ピラティスの体験クラスに参加したのですが、人気のスタジオで、19時からのレッスンしか予約できませんでした。 普段の私は、18時台には確実に自然な眠気を覚えて、効率を落としながら無理やり仕事のキリをつけて、19時には仕事を終えて、夕食と晩酌の後、早ければ21時台、遅くとも23時にはならない時間に床に就きます。
私はだいたい6~7時頃起きるので、起きてから12時間たてば、眠くなって生産性が低下するのは当然です。
ところが19時からアウェーの場所ではじめてのことをして、しかも体を動かして、すっかり興奮してしまったのでしょう。眠気はずっとありましたが、帰宅して夕食を軽めに済まそうと、普段ならもう寝る時間の21時頃にキャベツと鶏肉を食べたところ、「肉類や食物繊維は睡眠を妨げる」という本を読んで、今日は眠れないのではないか、と不安になってしまいました。
それでも実は一度すんなり眠りましたが、2時半頃に目が覚めたあと、眠れなくなってしまったのです。
皆さまには、睡眠は起こしても起きない状態と簡単に目覚める状態を周期的に繰り返すので、中途覚醒そのものは全く異常なことではないし、実は誰でも何度かしているのですよ、と伝えているくせに、すっかりテンパってしまいました。
そのうえ、興奮しすぎか鼻血まで出て、なんとなく家の周囲を暴走族が大ボリュームの音楽をかけながらブルンブルン言わせてるような気がして、ああっ、もうきっと2度と眠れないわという悲劇のヒロインモードに入ってしまいました。
遅い時間の運動・外出と食事に加えて、暴走族(?妄想族?)が不眠の原因だと、夜中に悶々としました。
同じ本に、「睡眠アプリによるモニタリングは悪くないアイデアだけど、むしろ睡眠が足りない、質がよくないといった悪い結果の通知に不安やストレスを感じ、余計に眠れなくなる人もいる」と書いてありましたが、まさにそのものズバリです。
ただ、悩んだのは数分で、今夜眠れなければ明日は眠れる、幸い翌日、命に関わるような集中力を要する予定や記録を測る競技会などはないので、めったにない不眠の夜を楽しもうと思い直しました。
そして、頻脈だったので、少し交感神経を抑える薬を頓服して、ピラティスで教わったこと、というよりは先生の顔などを思い出していました。ほとんど眠れなかったように感じていたものの、睡眠アプリでは、「ご飯の支度ができましたよ~」という無邪気な寝言が録音されていて、のんきな夢を見ていたようです(笑)
2日連続で眠れないと、焦燥感はだいぶ違いますね。ちょうど2年前、2021年の8月15日日曜日の夜、いつものようにぐっすり眠っていたら、脳天をハンマーで殴られるような激痛で飛び起きました。眠れる程度の痛みではないので、ありったけの鎮痛剤を服用しましたがおさまらず、とても不愉快な朝を迎えました。経験したことのない頭痛なので、翌日月曜日の日中に必ず受診しようと、夜中には思っていたのですが、朝になると軽快していて、しかも寝不足で面倒で、そのうち忘れてしまいました。そして夜、また、痛みがじわじわとやってきて、2日連続眠れないかもしれない恐怖が襲ってきました。すごく後悔しているのですが、私はそこで、翌日の仕事のためにどうしても眠りたくて、非ベンゾを服用してしまったのです。
結局、8月17日火曜日、出勤後、様子のおかしい私を職場の人々が救急搬送してくれて、私は生まれて初めての入院を経験しました。診断名は脳血管攣縮症候群という原因不明の疾患でしたが、私は今でも、あのとき非ベンゾを飲んだからバチが当たったと思っています(笑)主治医の意見としても、私が文献を漁っても、関係はありそうになかったんですが、反省してます。
ちなみに日曜日の電撃的な頭痛は、雷鳴頭痛と呼ばれる、この疾患の前兆でした。
それ以来、今後、絶対に、睡眠のためにベンゾ・非ベンゾを飲まないと誓いました。
皆さまにあれほど飲むなと声を張り上げておきながら、飲んだ私が馬鹿でした。
先日、相談にきた若い女性従業員は、自己啓発本の主張に影響されて、朝早く起きて資格試験の勉強をしたいと思っているのに、目覚まし時計を何個かけても起きられないと悩んでいました。
詳しくお話を聞くと、始業時間に間に合わないことはなく、遅刻は一度もしたことがないそうです。
数年前に一度、念願の5時起きに成功し、数週間継続したところ、体調を崩したというエピソードもあるといいます。
資格試験の勉強のようなインプット中心の作業であれば、夕方眠くなってから頭に入れて睡眠をはさむほうが理にかなっているし、脳はちゃんと理解して、きちんと始業時間には間に合うように起きられるのだから、誰も望まない早起きをして、夕方眠くなる時間を早めることは、本業にとっても自分磨きにとってもマイナスだと伝えると、すごく驚いて、「でも、どうして自己啓発本には、朝方が優れていると必ず書いてあるのですか?」と真剣に尋ねてくれました。
残念ながら、「知らん」としかいいようがありません。自己啓発本の作者の皆さま、自己啓発セミナーの講師の皆さま、科学的にも疫学的にも根拠のない、健康な若者を不安に陥れるような主張をしないでください。
そういうあなたたちが、病気になったとき、ぎゃーぎゃー言うのを、私たち医療者は知ってますよ!
別の若い女性従業員は、普段から私が眠れ眠れというのを、ほかにしたいことがあって時間がないと言って、つい、いろんな自分磨きに夢中になっていたところ、予期せぬ難病を発症してしまいました。もちろん、睡眠不足との因果はありません。私の脳血管攣縮症候群と同様、ほとんどの疾患には単一の原因などなく、ましてや、広い世界の中で自分がその疾患にかかるなんて偶然でしかないのですが、これは医療者の表現にも責任があるものの、「ストレスのせいですね」なんて言われてしまうと、「あんなに先生に毎月、睡眠が大事と強調してもらっていたのに、私、つい睡眠をおろそかにしたから、こんなことになって・・・」と眠らなかった自分を責めてしまいます。
睡眠不足が原因ではないことと、病気を心理的に受け入れ、療養するために、せっかくお休みしているのだし、増悪を防ぎ、治癒を進めるためにこそ、睡眠が必要なのだから、今からしっかり眠ってくださいとお伝えしたのでした。
日本の女性は睡眠時間が諸外国に比べて特に短いです。職場と家庭の両立を頑張ると、つい睡眠が短くなるのはよくわかるのですが、睡眠不足は体力も判断力も落とし、結果として、ちょっとした体調不良の機会が増え、効率が落ち、大きな生産性の低下につながります。男性よりも女性の方が、酒や煙草や危険なセックスのようなわかりやすく不健康な行動に対して潔癖な方が多いですが、そういう行動とは無縁でも、家族のために一生懸命尽くして睡眠不足になることは、結局、自分の命を削ってしまい、その結果、大切な家族のお世話にも影響を与えてしまうことを意識してください。
本日お伝えしたかったのは、睡眠上級者であっても、ときどき、眠れない夜、起きられない朝があって、それだけでは大騒ぎするほどの異常事態ではないということです。
特に、当日、または翌日、大切なイベントがあるときは興奮してしまい、眠りにくくなります。
もちろん、睡眠は毎日しっかり取るのがベストで、1日でも睡眠不足の日があるのは好ましくはありませんが、私たちは生きている間、ほとんど健康に好ましくない選択しかしていないようなものなのですから、そんなに敏感になることはありません。
眠くなったら翌朝に回せばいいし、眠くないなら夜更かしして、翌朝寝坊しても、翌日たっぷり眠ってもいいし、学校の試験ではないので、毎日満点取る必要はありません。
人間は多様なので、ベストな睡眠は、「みんな違ってみんないい」んです。
ただひとつ言えることは、私の周りにいる日本で働いている皆さんは、総じて睡眠不足です。
「睡眠は、長すぎてもよくない」というのは「真実」ですが、20歳から70歳までの人にとって、長すぎの定義は「毎日12時間以上眠らないと生活できない」だと思ってください。
毎日12時間以上眠らないと生活できないからといって、即、治療を要する過眠症というわけではなく、個性の範疇の場合もあります。
一方で、1日45分の睡眠で生活できるというような文句は、個性の範疇を明らかに逸脱した異常であり、長期予後等の確かめられていない健康に好ましくない習慣ですので、けっして、真似しないでください。
睡眠の悩みは、いつでも気軽にご相談くださいね。
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